中外日報 1998年(平成10年)10月22日   より 1/2紙面

「金台寺矢取地藏縁起」の
複製絵巻を初公開
宗教美術伝承めざす滋賀県秦荘町


このほど完成した「矢取地蔵縁起絵巻」の部分(模写)

 琵琶湖の湖東に位置する〃滋賀県愛知郡秦荘町(北川眞道町長)の秦荘町歴史文化資料館(秦荘町大字松尾寺八七八、電話〇七四九・ 三七・四五〇〇)で十日か ら十一月三十日まで、「現代の宗教絵画-藤野正観の仕事展」と題した展覧会が開かれている。
 今展では、『今昔物語』、 に登場することで知られる 同町の物語「金台寺矢取地蔵縁起」の絵巻の複製をはじめて一般公開する。

本作は長さが六・五bもあり大和絵の技法を駆使した平成の宝物」として、地元マ スコミにも大きく取り上げ られた。
この物語は、同町で度々起こった水争いが題材にな っている。
 水を求めた隣郷が兵を集 め攻め入ってくるが、地元側はわずか六人でこれを 迎え撃つことになる。困り 果てて信仰する地蔵菩薩に 祈願するとどこからともな く一人の青年僧が現われ た。
 青年僧は敵の放った失 を拾い集め、六人に手渡 す。この失は何故か必ず敵 に命中し、水を守りきるこ とができた。
戦の翌日、地蔵菩薩に詣でると、その頭 に失が刺さり」血が流れていたという伝説。  同町の民家には一戸に一 体、必ず地蔵菩薩を祭って おり、町民と密接に関わる 物語として語り継がれている。


 この複製を滋賀県出身の 仏画家・藤野正観氏が手掛けたことから、藤野氏のこ れまでの作品の中から選ばれた約五十点を合わせて展示することとなった。


会場には両界曼荼羅など大作も展示

 藤野氏は仏画制作工房・楽詩舎 (京都市西京区)の代表を務め、これまでに三千を超 える寺院に作品を納めてき た。
出品作は軸幅二bの大作・両界曼荼羅をはじめ
選択集十六章之図・上徳寺蔵▽阿弥陀二十五菩薩来迎 図・金剛院蔵▽二河白道図 ・浄光寺蔵など。 期間中は無休。入館料は 大人三百円、小中生百五十 円。


「金台寺矢取地蔵縁起絵巻」の初公開された会場


同町は、行政が主体になって宗教美術、文化の伝承に取り組んでいる。
 その歴史は平安京よりも古く、仏教の発展とともにいち早く開けた地である。
町内には数多くの古社寺が点在し、それぞれが町民の生活と密接に関わり合って いる。
 こうした土地柄のもと、 「物から心へ」の教育方針 を傾げ、故郷に愛着と誇り を持ってほしいと町を挙げて歴史、文化の伝承に努めているのである。
 その姿勢がより明確にな ったのは、同町を代表する 仏閣・天台宗金剛輪寺(濱 中光礼住職)旧蔵で、アメ リカ・ボストン美術館蔵の「金銅造聖観音坐像」の複製(資料館常設展示作品で ある)を町主体で手掛けて から。
 これをきっかけにして、 町内に伝わる文化財を見直 し、保存しようという動き が一層活発になった。
 「金台寺失取地蔵縁起」 絵巻複製の事業も平坦な道のりではなく、北川町長、 西村新八郎収入役が発願してから完成まで三年を要したのだが、その間絶えることなく各方面に働きかけ続け宗教美術伝承に取り組む同町の姿勢を印象付けた。
北川町長は「文化財をい かに守り伝えていくか。古 くは貴族や大名がその役を担っていました。現在、そ の役を担うのは行政以外に ありません。こうした心の糧になる文化こそ、町が取 り上げるべきものなのです」と語っている。